失敗したら恥ずかしい…
失敗して傷つきたくない…
だから私チャレンジするのをやめて無難な道を歩きます!
こんな風に考えているなら人生もったいない…
というお話をさせていただきます。
失敗を恐れていてはもったいない
特に若い頃は、一度失敗をすると、また失敗したくないためにチャレンジすることを避けるということになりがち…
ですが、失敗しないためにチャレンジしないのは、何も得るものがないため大変もったいないことです。
実は私がそういう生き方をしてきたので、身をもって時間を無駄にしたと感じています。
今思えば、子供の頃から失敗しないように努力する前から諦め、極力波風立てないように無難に生きていました。
努力するのはしんどい、チャレンジして失敗したら傷つく、だから夢や目標を持たずに終えた十代…
そんな私は社会に出て、自分が人よりも劣っていることを痛感!
同じ年齢でも目標を持って生きている人、は自分の意思をしっかり持っている、何らかの形で努力をしている。なのに私は、人に流されてばかりで、何がしたいのかもわからずただ漠然と生きるのみ…
楽しみといえば女とギャンブルみたいな…
仕事中も遊ぶことばかり考えるありさま…
失敗を恐れて努力をしてこなかった私は、堕落した人生を送り、いい歳してやっと「このままではいけないのでは?」と目標を持つようになりました。
失敗を恐れずに目標を持つことの大切さ
目標ができると、女とギャンブルに時間を使うのがもったいない、そんな気持ちが芽生えるようになりました。
今は個人事業主として生計を立てていますが、個人事業主は仕事が無くなれば終わりです。
現状維持は衰退を意味しますので常にチャレンジの連続、歩みを止めれば終わるのが個人事業主です。
ですが目標を持つようになってから、あれだけ努力を避ける人間だったのが、今では努力の過程やその結果を楽しんでいる
その結果、努力をしたことは結果が出なくても、どこかで必ず役立つことがわかりました。
無意味な失敗はこの世にはなく、努力したことは必ず何かに繋がります。
本当の失敗はどこにもない
失敗は本当の失敗ではなく、成功に一歩近づいた証です。
この理屈がわかると目標に向かって頑張ることができ、毎日が充実していると感じます。
失敗するのが嫌で尻込みしているうちは、成功しないのはもちろんのこと、生きる気力さえ失います。
現実的に手が届きそうで届かないところに目指したいと思う道はありませんか?
それ、頑張れば何とかなるかもしれません。
そういうところを目標にして突き進むと、努力が報われる喜びを得られます。
失敗を恐れているうちは成功しません!
著名人を見ていてもわかりますが、プロセスを楽しむ人が成功していますよね?
失敗は勲章と思い目標を持ち理想の環境を手に入れましょう。
人はなぜ失敗を経験するのか?
失敗したら確かに落ち込みますが、引きずる必要はありません。
人は、悪い結果になることを避けたいがために努力をします。悪い結果にならないために頑張ることは素晴らしいことです。
ですが、頑張ったにも関わらず望まない結果になることも…
そんな時、自信を失って悲観的になりますがその必要はありません!
結論を述べますと、失敗は単なる失敗ではなく、成長のための過程に必要な経験だからです。
どうして望まない結果になってしまったのか?
その要因を見つけ出し今後に繋げていくことで、人は着実に成長します。
そう考えるとうまくいかない過程も必要な経験になるので、悲観的になるよりも良い経験と捉えることができます。
そしてこの世は、努力が必ず報われるものではないことを知り、ままならないことがある経験も必要です。
ままならない経験をすることで、人に対する寛容な気持ちが芽生え、傲慢さが減り、思いやりを持てるようになります。
頑張ったのに失敗をしてしまった人は、ダメな人の気持ちが分かるようになります。
努力の結果失敗をっしてしまったとしても、魂の視点では悪いことではなく、すべては成長のために起きていることです。
あまり失敗をしてこなかった人は、人を見下す割に打たれ弱いといった未熟な大人になるので、むしろ一度は必ず大きな失敗をしなければなりません。
私もこうした道理が分かるようになってから失敗を受け入れられるようになりました。
「失敗は無駄にはならない」そう思えたら何があっても何とかなるものです。
どんな失敗もプラスに変換しましょう。
失敗をしたからといって無駄な努力は何一つない
努力が水の泡になると言いますが、努力が無駄になることはありません。
結果が伴わなければ「無駄な努力」と思うと思いますが、そうとも限りません。
極端な話ですが、遊びの努力ですら得たことはどこかで役立つ!
私は人一倍努力をしてこなかった人間です。子供の頃に努力をしてこなかった代償が大人になってやってきました。
でも唯一、人一倍努力をしたことがあります。それは、遊びに関してです。
その努力を仕事に向けられたら、私もそこそこ出世してたかもしれませんが…
遊びであれ努力した経験は無駄になっていません。
遊びを通じて得た経験を応用することで今でも仕事に役立っていますので、決して無駄にはなっていません!
それが遊びではなく、真っ当なことであれば尚更、努力は無駄になりません!
努力をして叶わなかったとしても、努力で得た気づきやスキルは1年、5年、10年後かわかりませんが、どこかで必ず役立ちます。
結果がすべてと言いますが、結果以上に過程で得た気づきが大きいと私は思います。
無駄な努力はこの世にはなく、魂の視点ではどんな努力も最終的にプラスになります。
誰かに努力を否定されたら、頑張るのも辛くなりますよね。
あなたの努力が「無駄」だと誰かに言われたとしても、それを真に受けることはありません。
後悔しないためにやり切ることが何よりも大切で、失敗を恐れずに気の済むまで努力をすることに力を注げば、得るものは大きいと思いますよ。